Civil Warが終わった1865年、アメリカは奴隷制を廃止しました。ただし、それですべてが解決したわけではありません。南部ではReconstructionが失速し、その後Jim Crowと呼ばれる人種隔離の仕組みが広がっていきます。西部ではNative Americansとの衝突も続いていました。
それでも国そのものは、とんでもない勢いで成長していきます。Railroadが東西をつなぎ、SteelやOilの巨大企業が生まれ、電気や自動車が広がり、移民が大量に入ってくる。Civil Warで一度真っ二つになった国が、数十年後には世界最大級の工業国になります。
そしてここから、Americaの性格が少し変わります。
Part 2までのAmericaは、自分たちの国を作ることが中心でした。Part 3では、その国の中で「誰にFreedomを認めるのか」をめぐって内戦になった。しかしこのPart 4になると、Americaはだんだん海外へ出ていきます。Cuba、Hawaii、Philippines、Panama、World War I、そしてWorld War II。
ここからAmericaは、「自分たちの国をどうするか」だけではなく、「世界をどうするか」に口を出す国になります。しかもAmericaの海外進出には、かなり特徴があります。単に「市場が欲しい」「軍事基地が欲しい」「航路を押さえたい」とは言わない。Freedom、Democracy、Civilization、Peace、Justiceといった言葉と一緒に動く。
もちろん、全部が建前だったわけではありません。本気でそう信じた人もいるし、実際にNazismのようなものと戦った。でも同時に、国益もある。このPartで見たいのは、AmericaのPowerとJusticeが結びついていく過程です。そして最後には、Americaは人類史上初めてAtomic Bombを実戦で使う国になります。
ざっくり年表
1865年、Civil Warが終わる。 奴隷制は廃止されますが、南部社会の人種差別や西部の土地問題は残ります。
1869年、First Transcontinental Railroadが完成。 East CoastからCaliforniaまで一本の線路が新設されたというより、東部の既存鉄道網と西海岸側の鉄道がUtah Territoryで接続し、Americaの東西が鉄道網としてつながります。
1870年代から1890年代、Gilded Age。 鉄道、Steel、Oil、金融、都市、巨大企業が急成長します。Americaは猛烈に豊かになりますが、同時に格差、労働搾取、政治腐敗も深刻化します。
1882年、Chinese Exclusion Act。 鉄道建設などで必要とされたChinese workersが、景気悪化や人種差別の中で「仕事を奪う存在」とされ、Chinese labor immigrationが強く制限されます。
1892年、Ellis Islandの移民審査所が開設。 New York Harborにあるこの島は、後に「Americaへやって来る移民」の象徴になります。
1896年、Plessy v. Ferguson。 Supreme Courtが「白人用と黒人用を分けても、equalなら問題ない」という“separate but equal”の考え方を認め、Jim Crowを法的に支える大きな根拠になります。
1898年、Spanish-American War。 AmericaはSpainと戦い、CubaへのSpain支配を終わらせます。その結果、Puerto Rico、Guam、PhilippinesがAmerica側へ渡り、同じ年にはHawaiiも併合されます。
1899年から1902年、Philippine-American War。 Spainから独立したかったFilipino側は、今度はAmericaの支配を受けることになり、Americaと戦います。
1900年代前半、Progressive Era。 Gilded Ageで膨らんだ独占、労働問題、食品衛生、都市問題などを、政府や法律を使って修正しようという改革運動が広がります。
1914年、World War I開始。 Americaは最初Neutralですが、1917年にGermanyのunrestricted submarine warfareやZimmermann Telegramなどを受けて参戦します。
1918年、World War I終了。 Americaは戦争後、経済・金融面でさらに強くなり、女性の社会進出やGreat Migrationも加速します。
1920年、19th Amendment。 sexを理由に投票権を否定できないことが憲法に入り、女性参政権が全国レベルで保障されます。同じ年、Prohibitionも本格的に始まります。
1920年代、Roaring Twenties。 自動車、Radio、Movies、Credit、Stocksが広がり、AmericaはMass ProductionとMass Consumptionの国になります。
1929年、Wall Street Crash。 株価暴落をきっかけに景気が悪化しますが、本当にGreat Depressionを深刻化させたのはBank failures、Bank runs、Credit collapse、Deflationなどの連鎖でした。
1930年代、Great DepressionとDust Bowl。 失業が急増する一方、Great Plainsではdroughtとoverfarmingによって表土が吹き飛び、多くの農民がCaliforniaなどへ移動します。
1933年、FDR就任。 New DealによってFederal Governmentが経済や国民生活に以前より深く関わるようになります。同じ年、Prohibitionも終了します。
1939年、World War II開始。 Americaは再び最初は参戦しません。
1941年12月7日、Pearl Harbor。 Japanの攻撃によってAmericaはWorld War IIへ正式に入ります。
1942年、Japanese American incarceration。 FDR政権下で約12万人の日系人が強制的に移動・収容され、多くはU.S. citizensでした。
1944年、D-Day。 Americaを含むAllied forcesがNormandyへ上陸し、Western Europeの解放が進みます。
1945年4月、FDR死去。 Vice PresidentだったHarry S. TrumanがPresidentになります。
1945年5月、Germany降伏。 Europeでの戦争は終わります。
1945年8月、HiroshimaとNagasaki。 AmericaはAtomic Bombを使用し、Japanは降伏を受け入れます。World War IIが終わり、Americaは世界のSuperpowerになります。
Transcontinental Railroadは、何が「完成」したのか
1869年、First Transcontinental Railroadが完成します。ただし、これは文字通りMaineからCaliforniaまで一本の新しい線路が一気に完成したという意味ではありません。Eastにはすでに鉄道網がありました。そこからNebraskaのOmaha方面へつながり、Union Pacificが西へ伸びる。一方CaliforniaではCentral PacificがSacramentoから東へ伸びる。そして両方がUtah TerritoryのPromontory Summitで接続しました。
感覚としては以下になります。
East Coast → 既存のEastern railroad network → Omaha周辺 → Union Pacific → Utah → Central Pacific → Sacramento → California
これでAmericaの東西は、鉄道網として実質的につながります。これは単に人の移動が楽になったという話ではありません。牛、穀物、郵便、工業製品、軍隊まで、すべてが速く動くようになります。Californiaで作ったものをEastへ売る。Chicagoの工場の商品をWestへ運ぶ。人も土地も市場も、一気につながる。つまりRailroadは、巨大なAmericaを一つのMarketにしたInfrastructureでした。
ちなみにPromontory Summitは、今も大都市として栄えているわけではありません。鉄道の接続地点としての役割が終わると衰退し、現在はGolden Spike National Historical Parkとして歴史を残す場所になっています。聞いたことがなくても普通です。
そのRailroadを作ったのは誰だったのか
「Americans built the railroad」とだけ言うと、大事なところが消えます。Central Pacific側では、多くのChinese workersが働きました。Sierra Nevadaで岩を爆破し、Tunnelを掘り、雪の中で危険な作業をする。Union Pacific側でもIrish immigrantsやCivil War veteransなど、さまざまな人が働きました。
つまり、Americaを物理的につないだInfrastructure自体が、immigrant laborで作られていたわけです。ところが景気が悪くなると話が変わります。特にCaliforniaでは、「Chinese laborersは安い賃金で働くから賃金を下げる」「仕事を奪う」という不満が強くなります。そこに露骨なanti-Chinese racismが加わる。そして1882年、Chinese Exclusion Act。Chinese labor immigrationが大きく制限されます。
ここには、今でもよく見る構造があります。労働力として必要なときは入れる。でも競争相手に見えてくると排除する。Americaは移民によって作られた国ですが、だからといって移民に優しかったわけではありません。
Ellis Islandと「移民の国」
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、Americaには大量のimmigrantsがやって来ます。Irish、German、Italian、Polish、Eastern European Jews。西海岸にはChineseやJapanese。
1892年にはNew York HarborのEllis IslandにFederal immigration stationが開設されます。Ellis IslandはNew York Cityのすぐ近くで、Statue of Libertyの近くです。船でAmericaに来た移民が、ここで健康状態や身元を確認される。現在ではStatue of Libertyと一緒に、「自由を求めてAmericaへやって来る移民」の象徴になっています。
ただ現実には、新しいimmigrantが来るたびに、「あいつらは本当のAmericanじゃない」と言われてきました。Irish Catholicsもそう。Chineseもそう。Italiansもそう。Jewsもそう。でも数世代経つと、その人たちが普通のAmericanになる。そして次に来た移民が、また疑われる。だからAmericaは、「移民の国だから移民に寛容」というより「移民の国だからこそ、移民をめぐってずっと揉め続けている」と考えた方が現実に近いです。
Gilded Ageとは何か
この時代に出てくる重要な言葉がGilded Ageです。Golden Ageではありません。Gildedというのは、表面に金箔を貼るという意味です。1870年代から1890年代ごろ、Americaは猛烈に豊かになります。Railroad、Steel、Oil、Factories、Wall Street、New York、Chicago、巨大企業、大富豪。外から見るとキラキラしています。でも裏側を見ると、low wages、long working hours、Child Labor、slums、dangerous factories、political corruption、極端なwealth inequalityがある。
つまり、見た目はGold。でも中までGoldとは限らない。だからGilded Ageです。この言葉はかなり的確です。
RockefellerやCarnegieはHeroなのかVillainなのか
Gilded Ageには、現在でも名前が残る大富豪が出てきます。
John D. RockefellerはStandard Oil。
Andrew CarnegieはSteel。
J.P. MorganはFinance。
Cornelius VanderbiltはShippingとRailroad。
彼らはAmericaの産業を巨大化させた人たちです。だからCaptains of Industryと呼ばれることがあります。一方で、独占を進め、競争相手を潰し、労働者を厳しい条件で働かせたという見方から、Robber Baronsとも呼ばれます。どちらも実際に使われる言葉です。ここが面白い。
同じRockefellerを、「Americaを豊かにした起業家」と見ることもできるし、「巨大な力を持ちすぎたmonopolist」と見ることもできる。Carnegieも同じです。Steel industryを巨大化させ、晩年はLibraryやeducationへ巨額の寄付をした。でもその会社ではHomestead Strikeのような激しいlabor conflictも起きている。つまり、Americaを豊かにした人と、格差を生んだ人が同じ人物だったということです。
Jim Crowとは何だったのか
Civil Warでslaveryは終わりました。でも、SouthでBlack Americansがwhite Americansと同じCitizenとして扱われるようになったわけではありません。Reconstructionが終わった後、Southでは人種隔離と政治参加の制限が強くなります。これがJim Crowです。学校を分ける。train carを分ける。restaurantを分ける。waiting roomを分ける。housingを分ける。さらにBlack citizensがvoteしにくくなるようにPoll TaxやLiteracy Test、Grandfather Clauseを使う。
1896年のPlessy v. FergusonではSupreme Courtが、「whiteとBlackを分けても、equalなら憲法違反ではない」という考えを認めます。これが有名な“separate but equal”です。もちろん、実際にはequalではありません。
Poll TaxやLiteracy Testって、そんなに効いたのか
Poll Taxは州によって違いますが、年間$1〜$2程度のところがありました。たとえばVirginiaでは$1.50です。「たった$1.50?」と思うかもしれません。でも当時なら労働者の一日分の賃金に近いこともある。しかも州によっては過去数年分の未払いまで払わないとvoteできません。つまりこれは、現在の$1.50とはまったく意味が違います。さらに問題なのは、Poll Taxだけではありません。
Literacy Testもありました。これも「文字が読めれば受かる試験」という単純なものではありません。役人が「Constitutionのこの部分を説明してください」のような曖昧な問題を出し、白人には簡単に合格を出して、Black votersには厳しくすることができる。同じ回答でもjudgeする人次第。
さらにGrandfather Clauseで、「祖父が昔voteできた人なら免除」とする。でもslavery時代にBlack Americansの祖父はvoteできません。つまり、制度は一見中立に見えても、運用すると特定の人だけ落とせるように作られていたわけです。
それでもBlack Americansは普通に幸せに暮らしていたのでは?
もちろんです。Jim Crowの時代にも、Black familiesがあり、churchesがあり、businessesがあり、schoolsがあり、universitiesがあり、newspapersがあり、musicがありました。結婚もする。子どもを育てる。友達と笑う。仕事をする。成功する人もいる。「Jim Crow時代のBlack Americansは毎日ずっと絶望していた」と描くのも違います。
問題は、幸せに生きる力がなかったことではありません。同じ生活を作るために、white Americansより余計な障害を越えなければならなかったことです。家族は作れる。でも住める場所が限られる。businessはできる。でもdiscriminationや暴力のriskがある。学校はある。でもfundingが弱い。voteできるはず。でも実際には妨害される。private lifeの幸福と、public systemの不平等は同時に存在できます。
Great Migration ― なぜChicagoやDetroitにBlack populationが多いのか
これは現在のAmericaの地図を見るうえでかなり重要です。20世紀前半、特にWorld War I以降、Southern Black Americansが大量にNorthへ移動します。これがGreat Migrationです。SouthにはJim Crow、racial violence、sharecropping、low wages、投票妨害がある。一方Northにはindustrial jobsがある。
Chicagoのmeatpacking。Detroitのauto factories。Pittsburghのsteel。railroads。manufacturing。しかもWWIになるとEuropeからのimmigrationが減り、男性がmilitaryへ行くので工場はlabor shortageになります。そこでSouthern Black workersがNorthへ移動する。
だから現在、なぜChicagoのSouth Sideに大きなBlack communityがあるのか。なぜDetroitにBlack populationが多いのか。なぜNew YorkのHarlemがBlack cultureの中心になったのか。これを理解するにはGreat Migrationが必要です。
昔からそこに多かったわけではありません。仕事を求め、Jim Crowから離れるために人が移動した結果です。そしてこの流れはWWIIでもさらに加速します。Los AngelesやOaklandなどWest CoastにもBlack populationが増えていきます。Americaの人口分布は、自然に出来上がったわけではありません。戦争、仕事、差別、Immigration policy、災害によって人が動いた跡です。
Americaが海外へ出始める
19世紀末、AmericaはRailroad、Steel、Oil、Manufacturingによって巨大な経済力を持つようになります。国内で強くなったAmericaが次に目を向けたのが海外でした。Europeの列強が世界各地に植民地やNaval Baseを持つ中、Americaにも海外市場や軍事拠点を求める動きが強くなります。その大きな転換点がSpanish-American War of 1898です。
当時CubaはSpainの植民地で、Cuban revolutionariesが独立を求めて戦っていました。そこへHavana HarborでAmerican battleship USS Maineが爆発・沈没します。原因は現在もSpainの攻撃だったとは断定できませんが、当時のAmerican newspapersはSpainへの怒りを煽り、AmericaはSpainとの戦争に入ります。戦争は短期間でAmericaの勝利に終わりました。でも重要なのは、その後です。Spanish-American Warを境に、AmericaはCaribbeanとPacificに一気に足場を持つようになります。
戦争で手に入った場所は、その後どうなった?
Spainが敗れた結果、Puerto RicoとGuamはUnited Statesへ譲渡されました。この二つは独立せず、現在もU.S. territoriesです。
CubaはAmerica領にはなりませんでした。U.S. military occupationを経て1902年に独立します。ただしAmericaの強い影響は残り、その名残の一つが現在もあるGuantánamo Bay Naval Baseです。そして一番複雑だったのがPhilippinesでした。
Philippines ― Spainから独立したかったのにAmericaが来る
Philippinesでは、すでにFilipino revolutionariesがSpainからの独立を求めて戦っていました。ところがSpainが負けると、1898年のTreaty of ParisでPhilippinesはAmericaへ渡されます。Filipino側からすれば、「Spainから独立するために戦っていたのに、今度はAmericaに支配されるの?」という話です。
1899年にはPhilippine-American Warが始まり、大規模な戦闘は1902年まで続きます。しかし戦争が終わっても独立したわけではなく、その後もAmericaの統治下に置かれました。1935年には独立への移行段階としてCommonwealthが成立しますが、その後World War IIでJapanに占領されます。そして戦後の1946年7月4日、PhilippinesはようやくUnited Statesから正式に独立しました。Britainからのindependenceを「Freedom」の原点としているAmericaが、100年ほど後には自分が海外を統治する側になったわけです。
Hawaii ― Spainから取ったわけではない
Hawaiiも1898年にAmericaへ併合されますが、Spanish-American WarでSpainから取った土地ではありません。
Hawaiiはもともと独立したKingdom of Hawaiiでした。American business interestsの影響が強まる中、1893年にQueen Liliʻuokalaniの政府が倒されます。ただし当時のPresident Grover Clevelandはすぐにannexationすることに反対したため、HawaiiはRepublicとなりました。状況が変わったのが1898年です。
Spanish-American WarによってAmericaがPacificへ進出すると、HawaiiはAsiaへ向かう途中の補給地点やNaval Baseとして一気に重要になります。その年、AmericaはHawaiiをannexします。その後1900年にU.S. territory、1959年に50番目のStateとなりました。つまり1898年に突然Hawaiiが欲しくなったのではなく、1893年に王政が倒され、5年後に戦争をきっかけに併合が実現したという流れです。
Panama ― Canalが欲しかったら、国まで変わった
PacificとCaribbeanの両方へ出るようになると、Americaには大きな問題がありました。AtlanticからPacificへ船を送るには、South Americaの南端をぐるっと回らなければならない。そこでAmericaが欲しくなったのがPanama Canalです。ただし当時、Panamaは独立国ではなくColombiaの一部でした。
Theodore Roosevelt政権はColombiaとCanal建設を交渉しますが、Colombian Senateが条約を承認しません。その直後の1903年、以前から独立運動があったPanamaで再び反乱が起きると、AmericaはPanama側を支援します。U.S. warshipsも送られ、Colombiaが反乱を鎮圧するのを事実上難しくしました。そしてPanamaはColombiaから独立。Americaは新しいPanama政府とすぐに条約を結び、Canal Zoneを管理する権利を手に入れます。要するに、ColombiaがCanalを認めない → Panama独立をAmericaが支援 → 新しいPanama政府と契約です。
Panama Canalは1914年に開通しました。これによってAmericaはAtlanticとPacificの間で商船だけでなくNavyも素早く移動できるようになります。Spanish-American War、Philippines、Puerto Rico、Guam、Hawaii、そしてPanama Canal。ここまで来ると、Americaはもう北米大陸の中だけで大きくなる国ではありません。19世紀末から20世紀初頭にかけて、Americaは「大きな国」から「世界で動ける国」へ変わったのです。
Progressive Era ― 何がProgressiveだったのか
Gilded AgeでAmericaは猛烈に豊かになります。でもMonopoly、Child Labor、unsafe factories、slums、unsafe food、political corruption、労働問題が大きくなる。そこで、「放っておけばCapitalismが全部うまくやってくれる、というのは無理じゃないか」という人たちが出てきます。これがProgressive Eraです。だいたい1890年代から1920年代。
Progressiveというのは、現在のpolitical labelとしての「Progressive」とまったく同じ意味ではありません。この時代では、Industrial Americaが作った社会問題を、law、government、public health、city reformなどを使って修正しようという改革運動です。Antitrust。Food regulation。Labor reform。Consumer protection。Political reform。Women’s suffrage。Conservation。Capitalismそのものを壊すというより、Capitalismを維持するために、Capitalismの暴走を規制するという感覚に近いです。現在のAmericaで、「Government regulationは必要か」「Business freedomを邪魔していないか」という議論が続いているのも、この時代とかなりつながっています。
World War Iと女性の社会進出
Women’s suffrage movementはWWIよりずっと前からあります。でもWWIは大きな追い風になります。男性がmilitaryへ行く。Europeからのimmigrationも減る。factoryやofficeは人手不足。そこでwomenがfactories、clerical jobs、transportation、nursingなどへ大きく入ります。
すると、「この国を支えているのに、なぜvoteできないのか」という主張がさらに強くなる。1920年、19th Amendmentがratifyされます。これは、sexを理由に投票権を否定してはいけないというAmendmentです。一般的には女性参政権と理解していい。ただしBlack womenなどはJim Crowによる別のvoting barriersが残っていたので、「1920年にすべての女性が実質的に自由にvoteできるようになった」と言うと少し違います。
World War I ― Lusitaniaだけが原因ではない
1914年、EuropeでWorld War Iが始まります。Americaは最初Neutralです。President Woodrow Wilsonも「Europeの戦争には入りたくない」という立場でした。1915年、British passenger liner LusitaniaがGerman U-boatに沈められ、128人のAmericansが死亡します。かなりの衝撃です。でもAmericaはここで参戦しません。本当に状況が変わるのは1917年です。
Germanyがunrestricted submarine warfareを再開します。Britain周辺を航行するshipsは、中立国でも攻撃される可能性がある。Americaのshippingまで危険になる。さらにZimmermann Telegramが出てきます。GermanyがMexicoに対して、「もしAmericaと戦争になったらGermany側につかないか。勝ったらTexas、New Mexico、Arizonaを取り戻すのを助ける」という趣旨の秘密提案をします。
Americaから見ると、Europeの戦争だったはずなのに、自分たちのshipsを沈め、Mexicoまで巻き込もうとしている。1917年4月、America参戦。Wilsonは、“The world must be made safe for democracy.”と戦争を説明します。ここが大事です。Americaは単に「自分を守るために戦う」だけではなく、世界のDemocracyのために戦うと説明し始めます。「正義の味を覚えた国」の入口です。
WWIがAmerica国内に残したもの
Americaが参戦したのは1917年で、戦争は1918年11月11日のArmisticeで終わります。Europe諸国のように4年間ずっと戦っていたわけではありません。でも国内への影響は大きかった。Womenがworkforceへ入る。Black AmericansのGreat Migrationが加速する。Federal Governmentがindustry、railroads、food、draft、propagandaなどへ深く介入する。つまりAmericaは、national emergencyならGovernmentが社会にかなり深く入れるという経験をします。これは後のNew DealやWWIIにもつながります。そして戦後、Europeは疲弊していますが、America本土は戦場ではありません。Americaのeconomic、financial、industrial powerは相対的にさらに強くなります。
ProhibitionはWWIのPTSDから始まったのではない
1920年、Nationwide Prohibitionが始まります。ただし、WWI veteransがPTSDで酒を飲みすぎたからProhibitionになったという流れではありません。Temperance movementは19世紀から続いていました。Alcoholによる家庭内暴力。夫が給料をsaloonで使う。poverty。crime。家庭崩壊。そうした問題を「Alcoholがfamilyを壊している」と考えるmovementです。特にwomenの活動が強かった。WCTUやAnti-Saloon Leagueです。まだvoteがない時代のwomenが、酒を飲む側ではなく、その結果を受ける側として政治運動をした。ここはWomen’s historyとしてかなり面白いところです。
なぜWWIがProhibitionを後押ししたのか
WWIになるとTemperance movementに追い風が来ます。一つは、「grainをbeerやwhiskeyに使うくらいならfoodに回せ」というwar economyの理屈。もう一つはanti-German sentimentです。Americaのbeer industryにはGerman-American brewersが多かった。戦争になるとGerman languageやGerman cultureまで疑われる。そこにGerman beerも巻き込まれる。つまり、Temperance + wartime patriotism + anti-German sentimentが重なります。1919年に18th Amendmentが成立し、1920年からProhibition。
酒を禁止したら、酒は消えたのか
消えません。18th Amendmentが禁止したのは主にmanufacture、sale、transportationです。飲酒そのものを直接犯罪にしたわけではありません。そこでbootlegging、speakeasies、smuggling、illegal distilleries、organized crimeが伸びます。Al Caponeもこの時代です。需要が消えないのに合法市場だけ消したので、businessがundergroundへ移った。当然、briberyも増えます。police。politicians。crime organizations。Prohibitionは、「Americaを健康にする」という理想と、「違法市場を巨大化する」という現実の両方を作りました。
Prohibitionはなぜ終わったのか
13年やってみると、酒はなくならない。organized crimeは儲かる。law enforcementには金がかかる。ordinary citizensまでlawを破る。そして1929年からGreat Depression。仕事がない。tax revenueも欲しい。すると、「酒を合法化すればjobsもtax revenueも戻るじゃないか」という現実的な話が強くなります。1933年、21st Amendmentが18th Amendmentをrepealします。これはAmericaのConstitution史で、一つのAmendmentを別のAmendmentで丸ごと取り消した唯一の例です。AmericaはConstitutionに酒禁止まで書いて、13年後に、「やっぱりやめよう」と書き直しました。
Roaring Twenties ― Americaはかなり調子に乗る
WWI後、Americaは豊かになります。Cars。Radio。Movies。Jazz。Consumer appliances。Advertising。Installment credit。Stocks。Fordのmass productionによって、同じものを大量に安く作る。middle classが買う。もっと作る。さらにjobsが増える。AmericaはMass ProductionとMass Consumptionの国になります。Stock marketも上がる。「Americaはこれからもずっと成長する」という空気が強くなる。ここで危険なのがbuying on marginです。たとえば$100のstockを買うのに、自分のcashは$10だけで、残りはborrowする。Stockが上がれば大きく儲かる。でも下がれば、自分の元手はすぐ消える。
Wall Street CrashからGreat Depressionへ
1929年10月、Stock Marketが崩れます。panic selling。margin calls。さらにselling。株価が落ちる。でも大事なのは、Wall Street CrashそのものがGreat Depressionではないということです。
Americaのeconomic systemにはすでに弱点がありました。speculation。debt。income inequality。overproduction。weak banks。international debt problems。そこへCrashが来る。consumer confidenceが落ちる。businessがinvestmentを減らす。workersをlay offする。spendingが落ちる。さらにbusinessが苦しくなる。
Bank failuresがDepressionを深刻化させた
当時にもWells FargoやChaseの前身のような大きなbankはありました。J.P. Morgan系の金融機関もあります。でもAmerica全体が、現在のようなnationwide mega-bank中心だったわけではありません。町ごとのlocal banksが大量にありました。そしてFDICはまだありません。
だからbankが倒れると、depositそのものを失う可能性があります。隣のbankが潰れた。「うちのbankも危ない」みんなcashを引き出す。Bank Run。でもbankはdeposit全部をcashで持っているわけではありません。loanとして貸している。一斉にwithdrawされる。bank collapse。それを見た別のtownでもrun。こうして連鎖します。Creditが消える。Money supplyが縮む。Deflation。salaryやbusiness revenueが下がる。でもdebtの額はそのまま。会社が潰れる。unemploymentが増える。consumer spendingがさらに落ちる。つまり、Crash → confidence低下 → business contraction → bank failures → credit collapse → deflation → unemployment → spending低下 → more failuresというdownward spiralです。
Great DepressionでもDoctorは平気だったのか
病気はDepressionになってもなくなりません。だからdoctorというprofessionはfactory jobsなどよりresilientです。でも問題は、患者がお金を払えないことです。現在のようなMedicare、Medicaid、mass employer health insuranceはまだありません。Doctorへ行きたい。でもcashがない。治療する。でもbillを払えない。barterでfoodを渡す。charity care。feeを回収できない。だからdoctorだからGreat Depression無関係というわけではありません。むしろ、medical needは残るのにability to payが消えるという別の苦しさがありました。
Dust Bowl ― Great Depressionに自然災害まで重なる
1930年代、Great Plainsで巨大なdust stormsが起きます。中心はOklahoma Panhandle、Texas Panhandle、Western Kansas、Eastern Colorado、Northeastern New Mexicoなどです。この地域は、現在Tornado Alleyと呼ばれる地域とかなり重なります。ただし、TornadoがDust Bowlを起こしたわけではありません。Tornado Alleyでは、Gulf of Mexicoからのwarm humid air、Canada側からのcold dry air、西側からのhot dry airがGreat Plainsでぶつかりやすい。
一方Dust Bowlは、土地利用の問題が大きい。もともとGreat Plainsはgrasslandでした。Prairie grassのrootsがsoilを固定していた。ところがwheat demandやfarm expansionでgrasslandを大量にplowする。tractorも使う。overfarming。overgrazing。そこへsevere drought。vegetationがなくなる。Great Plainsにはもともと強いwindがある。するとtopsoilそのものが空へ飛ぶ。Dust Bowlです。つまり、drought × bad land use × strong windです。人間が土地を使いすぎて、天候が変わった瞬間にsystemが壊れた。
Dust BowlからCaliforniaへ
Dust Bowlでfarmを失った人たちの多くがWestへ移ります。特にCalifornia。Oklahomaなどから来たmigrantsは“Okies”と呼ばれることもありました。John Steinbeckの『The Grapes of Wrath』の世界です。Californiaへ行けばjobsがあると思う。でも同じことを考えた人が大量に来る。farm laborのcompetition。low wages。poor camps。discrimination。つまり1930年代にも、California DreamとCalifornia Realityがすでにありました。
FDRとNew Deal ― Governmentの役割が変わる
1932年のElectionでFranklin D. Rooseveltが勝ち、1933年にPresidentになります。FDRです。New Deal。bank reform。public works。employment programs。Social Security。financial regulation。agricultural support。Federal Governmentが、「marketが勝手に回復するのを待つ」のではなく、自分からeconomyと生活へ入っていく。ただし、New Deal以前にGovernment interventionがなかったわけではありません。Antitrust。Interstate Commerce regulation。Federal Reserve。food regulation。WWI中のindustry control。Hoover政権のpublic works。すでにあります。
New Dealが違うのはscaleとpermanenceです。Federal Governmentが、economic collapseのとき、individual citizensの生活まである程度支える主体になっていきます。FDICもこの時代に作られます。
New DealでGreat Depressionは終わったのか
完全には終わっていません。banking systemは安定する。public worksも進む。relief programsもある。でも1930年代後半でもunemploymentは高い。最終的にAmericaのindustryをfull productionへ持っていくのは、皮肉にもWorld War IIです。
Tank。aircraft。ships。trucks。guns。ammunition。uniforms。food。全部大量に必要になる。Gilded Ageから作ってきたindustrial capacityが、ここでwar machineになります。
World War II ― 今度の参戦理由はかなり明確だった
1939年、GermanyがPolandへ侵攻し、World War IIが始まります。Americaはまた最初は参戦しません。WWIのmemoryがあるからです。「Europeのwarには巻き込まれたくない」という感情が強い。ただし完全Neutralではありません。BritainやChinaを支援し、Lend-Leaseも行う。Japanへのeconomic pressureも強くなる。Americaは徐々にwarへ近づいています。でも正式参戦のtriggerはかなり明確です。1941年12月7日、JapanがPearl Harborを攻撃。翌日AmericaはJapanに宣戦。GermanyとItalyもAmericaに宣戦。United StatesはWorld War IIへ本格参戦します。つまり比較すると、WWIは段階的に巻き込まれた。WWIIはPearl Harborで一気に入った。この違いはかなり分かりやすいです。
World War IIのPresidentはFDR。そして最後だけTruman
Pearl Harbor時のPresidentはFranklin D. Rooseveltです。FDRは1933年からPresidentなので、Great Depression、New Deal、Pearl Harbor、World War IIの大部分まで全部FDRです。1942年のJapanese American incarcerationにつながるExecutive Order 9066もFDR。1944年のD-DayもFDR。ただし1945年4月12日、FDRが死去します。そこでVice PresidentだったHarry S. TrumanがPresidentになります。つまり、Pearl HarborはFDR。D-DayもFDR。HiroshimaとNagasakiはTruman。
FDRはAmericaでは非常に高く評価されるPresidentの一人です。Great DepressionとWWIIを乗り切ったPresidentとして、WashingtonやLincolnと並べられることもあります。ただし、Japanese American incarceration、Federal Governmentの大幅拡大、court-packing plan、4期務めたことなど、批判点もあります。つまり、Americaを救ったPresidentでもあり、Federal Powerを巨大化したPresidentでもあります。
Japanese AmericansをAmerica自身が収容した
Pearl Harbor後、Japanese ancestryを持つAmericansへのfearとsuspicionが急激に強くなります。1942年、西海岸を中心に約12万人の日系人が強制的に移動させられ、incarceration campsへ送られます。その多くはU.S. citizensです。crimeを犯したからではありません。Japanese ancestryだからです。World War IIは、「FreedomとDemocracyを守ったAmerica」という話だけでは終われません。海外ではracial ideologyを持つNazismと戦っている。国内にはJim Crowがある。Japanese Americansをancestryで収容する。正義の側にいた国でも、自分たちが常に正しい判断をするわけではありません。
America最大のWeaponはAtomic Bombだけではなかった
World War IIでAmerica最大の強みになったのはIndustrial Capacityでした。Tank、truck、aircraft、ship、weapons、foodをものすごい量で作る。ここでPart 4前半の話が全部戻ってきます。Railroad。Steel。Oil。Ford。Mass Production。Factory system。FDRはAmericaを“Arsenal of Democracy”と表現しました。民主主義の兵器庫です。Gilded Ageで作った工業国が、World War IIでAlliesを支える巨大なproduction machineになります。
D-Day、Germany降伏、そしてPacific War
1944年6月6日、D-Day。Allied forcesがNormandyへ上陸します。America、Britain、Canada、その他AlliesがWestern EuropeをNazi Germanyから奪い返していく。一方EastからはSoviet Union。Germanyは両側から押されます。1945年4月、Hitler自殺。5月、Germany降伏。Europeでの戦争は終わります。しかしPacificではJapanとの戦争が続きます。Midway。Guadalcanal。Iwo Jima。Okinawa。島を一つずつ取ってJapan本土へ近づく。war末期にはTokyoを含むJapanese citiesへの大規模air raidsも行われます。American leadershipは、Japan本土へのinvasionをすれば双方に巨大なcasualtiesが出ると考えます。そして登場するのがManhattan Projectです。
Manhattan ProjectとAtomic Bomb
AmericaはAtomic Bombを極秘開発します。Robert Oppenheimer。General Leslie Groves。Los Alamos。Oak Ridge。Hanford。巨大なscience、military、industry projectです。
1945年7月16日、New MexicoでTrinity Test。人類初のnuclear explosion。成功します。この瞬間、Americaはそれまで人類が持ったことのないweaponを持ちます。
HiroshimaとNagasaki
1945年8月6日、B-29 Enola GayがHiroshimaへAtomic Bombを投下します。Little Boy。8月9日、NagasakiへFat Man。同じ8月9日にはSoviet UnionもJapanに参戦します。8月15日、Japanは降伏受諾を発表。9月2日、formal surrender。World War IIが終わります。
Atomic Bombは必要だったのか
ここは現在でも議論があります。American government側の代表的な説明は、Japan本土invasionを避け、warを早く終わらせ、多数のAmericanとJapanese livesを救ったというものです。
一方で、Japanはすでに追い詰められていた。Soviet entryも大きかった。demonstrationはできなかったのか。Hiroshimaの後にNagasakiまで必要だったのか。Soviet Unionへのpower signalという意味もあったのではないか。という議論があります。ここを「正しかった」「間違っていた」で簡単に終わらせる必要はありません。
Atomic Bombを落としたAmerican pilotsはどう思っていたのか
crew全員が同じではありません。Enola Gayのpilot Paul Tibbetsは、生涯かなり一貫して、「missionだった。warを終わらせるために必要だった。後悔しない」という立場でした。一方で、実際のexplosionを見て、その規模にshockを受けたcrewもいます。つまり、「殺して喜んでいた」でもない。「全員が罪悪感で壊れた」でもない。より近いのは、military missionとして必要だと思っていたが、一発でcityが消える現実には圧倒されたという感じです。
当時のAmericansはAtomic Bombをどう見たのか
1945年当時、Atomic Bombの使用はAmerica国内でかなり強く支持されていました。Pearl Harbor。Bataan。Iwo Jima。Okinawa。kamikaze。years of war。家族がmilitaryにいる。「次はJapan本土へinvasionするのか」というfearがある。
だから、「これで息子がJapanへ上陸しなくて済むなら使ってほしい」という感情はかなり強かった。当時のAmericansから見ると、Atomic Bombはまず、warを終わらせたweaponでした。
でも現在は評価がもっと割れています。older generationsほど「必要だった」と考える傾向が強く、younger generationsほど「本当に必要だったのか」と疑問を持ちやすい。America国内でも、現在は完全なconsensusではありません。
World War IIがAmericaに与えた「成功体験」
World War IIでAmericaが得たものはeconomic powerやmilitary powerだけではありません。もう一つあります。成功体験です。Hitler。Nazism。Holocaust。Japanese militarism。Pearl Harbor。非常に分かりやすいenemyがいた。Americaは戦った。勝った。Germanyを倒した。Japanを倒した。戦後にはGermanyとJapanが民主国家として再建される。
America側から見ると、「AmericaがPowerを使ったことでworldがbetterになった」という非常に強い経験になります。これはFantasyではありません。Nazismを倒した意味は本当に大きい。でもこの成功体験が、その後のforeign policyにも大きな影響を与えます。悪いregimeがある。Americaが介入する。enemyを倒す。democracyを作る。worldがbetterになる。World War IIでは、このmodelがかなり成功したように見えました。だから、「次もできるのでは?」となります。
ただし「正義の国」の国内はまだ平等ではなかった
1945年、AmericaはFreedomのためにwarをしたと言います。でもJim Crowは残っています。Black soldiersはAmericaのためにfightした。帰国すればsegregation。Japanese Americansはincarcerationされた。Native American issuesも終わっていない。つまり、海外でFreedomを守ったAmerica自身が、国内ではFreedomを全員に同じように与えていない。この矛盾が、次のCivil Rights Movementにつながります。
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